防衛モニターとして見た海上自衛隊舞鶴フェスタ|華やかさの向こう側

舞鶴海自フェスタの会場で並ぶ艦船と夏の青空の風景 わたしの物語
舞鶴の夏空の下、静かに並ぶ艦船。

海自舞鶴フェスタに2日間参加して見えたもの|モニターとして過ごした夏、舞鶴という港の記憶

真夏の舞鶴基地。
抜けるような青空の下、鋼の護衛艦が静かに並ぶ光景は、写真で見るよりずっと大きく、ずっと重たい。

主砲の迫力。艦番号151と234が並ぶ存在感。そして最新鋭のFFM「やはぎ」。

主砲の迫力。
艦番号151と234が並ぶ存在感。
そして最新鋭のFFM「やはぎ」。

舞鶴フェスタは、たしかに華やかです。
けれど私にとって今回の2日間は、単なるイベント参加ではありませんでした。
「見せる日」と「任務の日」が、同じ場所で地続きにつながっていることを、体で感じた時間だったからです。

海上自衛隊 舞鶴基地 護衛艦の主砲 迫力ある近距離写真

海上自衛隊 舞鶴フェスタ 護衛艦 艦番号151と234が並ぶ埠頭の風景

フェスタの賑わいの中で、わたしはふと立ち止まりました。
これまで何度も足を運んだ舞鶴の基地。
そのたびに迎えてくださった広報の方々、自衛隊員の皆さん。
取材という形ではあっても、わたしはいつの間にか、この場所の空気の一部になっていたのだと思います。

初めて訪れた日の緊張感。
艦内で説明を受けながら必死にメモを取った時間。
音楽隊の演奏に胸が震えた瞬間。
そのひとつひとつが、わたしの中に静かに積み重なっていきました。

防衛モニターの任期は、今年度末で終わります。
まだ少し時間はあるけれど、「もうすぐ」という言葉が、最近とても現実味を帯びてきました。

港に並ぶ艦船を見上げながら、
この景色を、あと何度こうして見ることができるのだろうと考えてしまいました。

楽しかった。
本当に、心から楽しかったのです。

ただイベントを楽しんだというだけではありません。
自衛隊員の皆さんが日々積み重ねている訓練や任務の重みを、ほんの少しでも知ることができた時間。
市民として、そして一人の人間として、同じ空の下でその時間を共有できたこと。
そのことが、わたしにとってどれほど大きな意味を持っていたかを、いまさらのように実感しています。

終わってしまうのは寂しい。
正直に言えば、かなり寂しいです。
けれど、だからこそ、いま目の前にある一日を大切にしたい。
舞鶴の夏の青空の下で、わたしは静かにそう思っていました。

モニターとして見た舞鶴フェスタ|軽さの裏にある“最前線”

私は海上自衛隊舞鶴地方総監部の防衛モニターとして関わらせていただいています。
白制服姿の写真が混じっていますが、あれは隊員ではなく、モニター仲間との“コスプレ”です(笑)。
少しだけ遊び心。けれど現場の空気は、やっぱり軽くはありません。

舞鶴は、日本海側で唯一の海上自衛隊基地。
任務は常に最優先で、一般公開は直前で中止になることもあります。
もちろん理由は告げられません。機密事項だからです。

中止の知らせが入るたびに思います。
「ああ、ここは本当に最前線なんだ」と。

FFM「やはぎ」乗艦|甲板の青空と、見えない緊張感

今回乗艦したのは、FFM5「やはぎ」。
甲板に立つと、海と空が視界いっぱいに広がります。
同時に、ここが“任務の場”であるという緊張感も、静かに伝わってきました。

海上自衛隊 舞鶴フェスタ 護衛艦やはぎ 係留中の姿

艦内に入ると、通路や区画は驚くほど機能的で無駄がない。
「かっこいい」より先に、「実用」が来る。
その合理性が、逆に頼もしさにつながっている気がしました。

海上自衛隊 護衛艦内 通路の様子 乗艦見学で撮影

案内してくださる隊員の皆さんは、説明が丁寧で、質問にも真摯に向き合ってくださいます。
こちらが勝手に構えてしまうぶん、笑顔と礼儀のまっすぐさが、むしろ印象に残る。

昔、「空飛ぶ広報室」という航空自衛隊のドラマがありました。
明るく、仲が良く、チームワーク抜群。
当時の私は少し斜めから見ていて、「ドラマだからね」と思っていました。

でも実際に隊員の皆さんと接してみると、気づきます。
あの空気感は誇張ではない。
本当に、仲がいい。

ただの“仲良し”ではなく、
連帯感というか、使命感というか、
同じ責任を背負っている人たちの結びつき。

海上自衛隊は特に、艦の中で一緒にいる時間が長いと聞きます。
生活も任務も一体になる。
だからこそ、関係が“仕事だけ”で終わらないのだろうな、と感じました。

皆さん、本当にまっすぐです。
若い隊員のキラキラ感は眩しいほど。
自衛官の皆さんを見ていると、「日本の未来も捨てたものじゃない」と思わせてくれます。

2日間参加した理由|送別の夜に見た“素のチーム”

今回、私が2日連続でフェスタに参加したのには理由があります。
お世話になっていた広報部のご担当の方が、異動になられたのです。

モニターと隊員あわせて30名ほど。
駅近くのレストランで、会費制の送別会が開かれました。
いわゆる身内の集まりなのですが、私はその場の空気に、改めて驚きました。

その方は、お顔に優しさがにじみ出るような方。
いつも気配りが細やかで、言葉も丁寧で、こちらが安心していられる。
だからモニター全員が集まったのだと思います。

そして何より驚いたのは、自衛官の方々の動きでした。
食事を取り分け、フリードリンクを作り、全体を見てさっと動く。
誰かに指示されるわけでもなく、自然に。

段取りが体に染みているという感じ。
普段から、こうしてチームで動いているのだろうな、と伝わってきます。

終始、和気あいあい。
私たちも笑顔が途切れませんでした。
でもそこには、ただ賑やかなだけじゃない、確かな連帯感がありました。

フェスタの華やかさ|海自カレーは“味の多様性”が面白い

フェスタ当日の基地は、家族連れで賑わい、子どもたちの声が響きます。
記念撮影をする人、説明に聞き入る人、スイカの彫刻に笑う人。
「基地の中で、こんなに明るい時間が流れるんだ」と毎回思います。

すいか彫刻フルーツ盛り

そして、私が毎回楽しみにしているのが海自カレーの実食です。
もちろん有料。だけど、これは並ぶ価値がある。

海上自衛隊 舞鶴フェスタ 海自カレー 実食写真 副菜つき

モニターになってから、いろいろな艦のカレーをいただきましたが、全部味が違うんです。
同じ「海自カレー」という名前でも、艦ごとの個性がある。
副菜もしっかりしていて、バリエーションの豊かさにいつも驚きます。

普段はないそうですが、たまに“合いがけ”が出る日もあります(今回はなし)。
そういう小さな楽しみが、任務の合間の時間を支えているのかもしれないな、と思ったりします。

舞鶴という港の光と影|軍港の華やかさと、引き揚げの記憶

舞鶴という街は、海と切り離せません。
明治以降「舞鶴鎮守府」として整備され、軍港として発展してきた“華やかな歴史”があります。

港は栄え、艦が出入りし、街は活気を持つ。
海とともに歩んできた、誇りの時間。

一方で舞鶴には、もうひとつの歴史があります。
戦後、海外からの引き揚げ者を迎えた港。
希望だけではなく、深い喪失や悲しみも抱えた人々が、祖国へ戻ってきた場所です。

舞鶴の海は、華やかさも、暗さも、どちらも運んできました。
光と影の両面が、同じ「海」につながっている。
舞鶴という土地柄を思うとき、私はいつもここに戻ってきます。

“見せる日”の向こう側|任務優先という現実が、最前線を証明する

フェスタは「見せる防衛」の日です。
でも、その同じ場所が、有事の際には即座に動き出す拠点であることを忘れてはいけません。

艦は常に整備され、隊員は訓練を重ね、出港命令があれば迷いなく海へ出る。
ニュースにならない日常の中で、目に見えない抑止力が働いている。

だから一般公開が直前で中止になることがあっても、私は「残念」だけでは終われません。
それは、ここが最前線である証でもあるからです。

華やかな賑わいの向こう側に、静かな緊張がある。
その対比を知っているからこそ、フェスタで見た笑顔が、より尊く感じられるのだと思います。

夏の終わりに|舞鶴の空の下で思ったこと

2日間の舞鶴フェスタ。
鋼の艦、青い空、白制服のコスプレ(笑)、そして送別の夜。

華やかさと緊張感。
舞鶴という港が抱えてきた歴史の光と影。
そして今、日本海の防衛のかなめとして静かに任務を担う最前線。

そのすべてが、ひと続きにつながっているように感じました。

いつかこの時間を振り返ったとき、わたしはきっと、今日の青空を思い出すでしょう。
艦船のグレーと、夏の深い青。
その間に立っていた、あの日のわたしのことを。

最前線で任務にあたる皆さまの安全を、心から願いながら。
またあの青い空の下で、舞鶴の艦影を見上げたいと思います。

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