松山へ帰ると、心のざわつきがすっと透き通る。わたしの“墓掃除リトリート”
心がざわざわして落ち着かない日があります。理由を言葉にできないのに、胸の奥に小さな重さが沈んでいく日。そんなとき、わたしが自然と向かう場所があります。
それは、ふるさと・松山。
観光地を巡るためでも、誰かと会うためでもありません。飛行機に乗り、松山空港に降り立つのはただひとつの目的──先祖の墓掃除とお参りのためです。
空港を出てレンタカーに乗り、街へ向かって走りはじめると、懐かしい匂いがふっと風に混じって届きます。うどん出汁のやさしい香り。三津浜焼のソースが色づいていく甘い匂い。海の方から漂う、少し湿った潮と魚の気配。そして、道後へ向かうあたりで感じる温泉の湯気のあたたかい香り。
とりわけ三津浜焼の匂いには、胸の奥を静かに震わせる特別な力があります。母方の本家があった三津浜──今は登録有形文化財として市が管理していますが、子どもの頃、私はそこでよく遊び、そのすぐ近くには代々のお墓があります。
だからこの匂いは、ただの“ご当地グルメの香り”ではありません。わたしのルーツそのものの匂いなのです。
風に乗って届くその香りを胸いっぱいに吸い込むと、「帰ってきたね」とそっと声をかけられたようで、心のざわつきがすっと落ち着いていきます。
松山へ帰る旅は、わたしにとって“墓掃除リトリート”。手を動かし、静けさの中に身を置き、湯に浸かり、ふるさとの味を確かめていくうちに、心が澄んでいく──そんな旅です。
松山の空気に触れた瞬間、心がすうっと軽くなる
松山空港に降り立つと、どこか懐かしい空気がふわりと広がります。身体が自然とその空気を思い出し、「あぁ、帰ってきた」と胸の奥がやわらかくほどけるのがわかります。
レンタカーに乗り込むと、窓の外には瀬戸内らしい穏やかな光。車を走らせながら街に近づくにつれて、匂いが混ざり合い、記憶が音のように立ちのぼってきます。
うどん出汁のやさしい匂いが、胸の奥の緊張をそっと撫でていく。三津浜焼の甘いソースの焦げる香りが、遠い日の記憶を静かに呼び起こす。海と魚の生っぽい潮の香りが、懐かしさとともに鼻先をかすめる。
「ここが、わたしの原点だったんだな」
そんな思いが自然に立ち上がってきます。
旅の中心は、観光でも食事でもなく “墓掃除という儀式”
松山での最初の目的地は、いつも墓地です。三津浜の近くにあるそのお墓へ向かう途中、周辺に漂う三津浜焼の匂いが、まるで昔の記憶を小さくノックするように届きます。
墓地に着くと、まず深く一礼してから、静かに手を動かし始めます。
雑草を抜き、古い花をそっと片付け、水を汲んで墓石に流す。布で磨くと、石の冷たさが手のひらに伝わり、心のざわめきが少しずつ整っていくのを感じます。
黙々と手を動かしていると、頭の中の“不要な思考”が少しずつほどけていきます。
「今、この瞬間に集中している」
そんな感覚が、静かに身体の中へ広がります。
全力で掃除を終えた瞬間、心の中にあった重さがふっと落ちる。
先祖へ手を合わせながら、「今日も来られてよかった」とつぶやくと、胸の奥があたたかく満たされていきます。
墓掃除が心を整えてくれる理由(やさしい専門性)
実は、墓掃除のような“手を使う作業”には、心理的にも大きな効果があると言われています。
- 手を動かす集中作業は、ネガティブ思考のループを一時的に止めてくれる
- 静かな環境は、自律神経のバランスを整えやすい
- 自然の中での作業は、注意力の疲れを回復させる「注意回復理論」と相性がいい
- “ふるさと”は心理学でいう「安全基地」として働き、心を穏やかにする
こうした要素が重なるからこそ、墓掃除の時間は、ただの作業ではなく、心の澱を静かに落としていく“浄化の時間”になるのだと思います。
作業のあと、道後温泉で身体ごとほどけていく
掃除を終え、墓地を後にすると、ほどよい疲れと達成感が身体の芯に残っています。そのままレンタカーで道後へ向かう道、湯の香りが混じった風が車内にふっと流れ込みます。
道後温泉の宿に着き、湯に浸かった瞬間、身体のどこか深い部分がふわりとほどけていく。熱すぎない湯が、墓掃除で使った腕や肩の疲れをやさしくほどいてくれます。
「この流れが、わたしの整うリズムなんだ」
そう思えるほど、道後温泉の湯は心と体をゆっくり沈静させてくれます。
夜は、新鮮な瀬戸内の魚と“ふるさとの味”に癒される
夜は、瀬戸内の魚を静かに味わいます。身のしまり方、脂の乗り具合、どれも身体にすっと馴染んでくる。都会で食べる魚とはまた違う、どこか“知っている味”です。
醤油、味噌、出汁、漬物──。
どれも少し甘めで、帰ってくると必ず食べたくなる味。
子どもの頃から食べ慣れていたものが、今のわたしを静かに支えてくれているような安心感があるのです。
帰る前に、地元スーパーで“松山の味”を買い足す楽しみ
旅の最後のお楽しみは、地元の大型スーパーでの買い出し。
レンタカーの後部座席が小さな宝箱のように、松山の味でいっぱいになっていきます。
- じゃこ天
- じゃこカツ
- 味噌
- 刺身醤油
- 醤油餅
- 緋鏑漬け
- 松山のおでん味噌
袋いっぱいの“ふるさとの味”を車に積んで空港へ向かう道、車窓の景色がいつもより澄んで見える。心に溜まっていた濁りが少しずつ落ちていったんだ、と気づく瞬間です。
まとめ:松山へ帰ると、心が透き通る理由
松山へ帰る旅は、わたしにとって観光ではなく、心を整えるための大切な儀式です。
手を使って掃除をし、静けさの中で祈り、湯に浸かり、地元の味をゆっくり味わう。
そのひとつひとつの行動が、心に積もったざわつきを静かに洗い流してくれます。
もし今、あなたの心が少し疲れているなら──。
どこかに、あなたにも「帰るだけで整う場所」がきっとあるはずです。
遠くでなくても、ふるさとでなくても大丈夫。
心がほっと緩む場所で、ほんの少し手を動かしてみてください。
きっとその場所が、あなたの“心を澄ませる旅”の入り口になってくれます。
【やさしい補足:墓掃除と“心の整い”の関係】
心理学では、静かな環境での単純作業が、疲れた注意力を回復させ、ストレスによる思考のループ(反芻思考)を和らげると言われています。これを「注意回復理論」と呼び、自然の中で行う作業や散歩が心を整えやすい理由として知られています。
また、“ふるさと”に身を置くことは、発達心理学における「安全基地」としての役割を果たし、心に落ち着きを取り戻しやすくする効果があります。墓掃除は、手を動かすマインドフルネス的な要素と、ルーツとのつながりを感じる行為が重なり、自分の中心へ静かに戻っていくための時間になりやすいのです。
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