新しい年に遠くへ行かなかった理由|40代50代・立ち止まる選択

わたしの物語

新しい年に遠くへ行かなかった理由

年が変わるたび、どこかへ行かなければと思っていませんか。 四十代五十代になり、体調や生き方に迷いながらも、 無理に前向きでいようとしている人へ。 新しい年に、遠くへ行かなかった。

もし今、四十代や五十代という時間の中で、体調や生き方の変化を感じながら、それでも無理に前向きでいようとしているなら。この文章は、何かを始めるためのものではない。少し疲れたまま、立ち止まっていてもいい時間を、一緒に持つためのものだ。


この文章を読んでいる人の顔を、はっきり思い浮かべながら書いている。年齢で言えば、四十代から五十代。もう若いとは言われないけれど、完全に諦めたわけでもない。体調の変化を感じる日が増え、生き方を問い直す場面も増えてきたのに、それでもどこかで「前向きでいなければ」と、自分を励まし続けている人。

元気がないわけではない。不幸なわけでもない。ただ、少し疲れている。頑張ることが習慣になりすぎて、休む理由を見つけるのが下手になっている。

これまで、ちゃんとやってきた。仕事も、家庭も、人との関係も、投げ出さずに、手を抜かずに、積み重ねてきた。だからこそ、ふと立ち止まったときに、次にどこへ向かえばいいのかが、見えにくくなる。

何かを失ったわけではないのに、何かが足りないような感覚。まだ続いていくはずの時間を前にして、これまでと同じやり方でいいのかと、誰にも言わずに考えている。

この文章は、そんなふうに迷っている人に、無理に元気にならなくていいと言うためのものだ。前向きな言葉を足す代わりに、立ち止まっている今の状態を、そのまま置いておくための場所として。

答えは書いていない。整いきった結論も用意していない。ただ、同じ場所に立って、同じように考えている人が、ここにもいる。それだけが、静かに伝わればいいと思っている。


新しい年のはじまりに、わたしは遠くへは行かなかった

新しい年のはじまりに、わたしは遠くへは行かなかった。そう書いてみてから、少しだけ言葉に詰まる。

行かなかった、というより、行かなくてもいいと思えるようになった、のほうが近いのかもしれない。

以前のわたしは、年が変わるというだけで、なにかをしなければならない気がしていた。カレンダーに予定が入っていないと落ち着かず、動いている自分だけが、前に進んでいるような錯覚をしていた。

静かな時間が苦手だった。考えなくていいことまで浮かんでくる気がして、移動して、予定を入れて、身体を疲れさせて、思考を止めるほうを選んでいた。

満たされていない感じがあった。けれど、それが何なのかは、忙しさの中にいると見えにくかった。

昔の年末年始の一日は、今思い返すと、とても慌ただしい。まだ暗いうちに目が覚めて、六時前後。アラームより少し早く起きてしまい、布団の中で、今日の移動経路を頭の中でなぞる。

朝食は、しっかり食べるというより、間に合えばいい、という扱いだった。キャリーケースを引いて駅へ向かう道は人が少なく、吐く息だけが白く残る。

ホームには、同じような荷物を持った人が並び、誰とも目を合わせずに電車を待つ。座席に腰を下ろしてから、ようやくスマートフォンを取り出し、乗り換え時間や到着予定時刻を確認する。

新幹線や特急に乗り換え、人の流れに身体を預ける。車内の空調は乾いていて、喉が少しひりつく。

この移動が終われば、年が切り替わる。そんな感覚で、前へ前へと進んでいた。

今は、一月一日になると、歩いて神社へ向かう。同じ道を、同じ速さで。吐く息が白いことや、足音が響くことを、そのまま受け取っている。

遠くへ行かなくても、年は変わる。動かなくても、時間は進む。それを、頭ではなく身体で知るようになった今の自分は、あの頃とは、やはり少し違う。

願いが多かった頃と、言葉が減っていった過程

昔のわたしは、願うことに慣れていた。こうなりたい、ああなりたい、その先へ行きたい。願いを持ち続けていないと、止まってしまう気がしていた。

叶ったこともある。努力が形になり、評価された経験もある。けれど、振り返ると、その達成感は長くは続かなかった。

気づけば、もう次の目標を探している自分がいた。

一方で、どれだけ願っても届かなかったものもある。あと一歩のところで崩れた仕事。距離が縮まらなかった関係。タイミングだけが、どうしても合わなかった出来事。

その中で、今もはっきり覚えている場面がある。仕事の区切りだった。時間をかけて準備し、結果を出すつもりでいた。

けれど、最終的な判断は別のところで下され、理由は多く語られなかった。その知らせを受けたとき、椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。

胸の奥が重くなり、息を吸うと途中で止まる感じがした。手のひらが冷たく、足先の感覚が少し遠のく。

その後しばらくして、生きる時間について考える出来事があった。大げさな転機というより、静かに、視点がずれるような出来事だった。

人はみな、いずれ逝く。神仏に呼ばれるのが、少し早いか、少し遅いか。それだけの違いなのかもしれない。

そう思えるようになってから、願いの言葉は、少しずつ減っていった。

翌日、京都へ向かった理由を言葉にするとしたら

一月二日、京都へ向かった。理由を言葉にしようとすると、どうしても、少し曖昧になる。

新年だから、というだけでは足りない。特別な目的があったわけでもない。

ただ、身体が知っている場所へ行きたかった。考える前に、足が向いていた。

六波羅蜜寺を初めて訪れた日のことは、断片的に残っている。境内に足を踏み入れた瞬間、外の音が遠くなった感覚。

その頃のわたしは、時間に追われていた。滞在時間を気にし、次の予定を頭の片隅で確認しながら手を合わせていた。

今回、同じ場所に立ったとき、時計は見ていなかった。柱の木目や、床の冷たさに、意識が向いていた。

同じ場所。違う時間。そこに立つ身体だけが、静かに並んでいる。

因幡堂では、しばらく動けなかった。願っていいのかどうか、その判断すら、すぐにはできなかった。

迷う時間があってもいい。そう思えるまでに、少し時間が必要だった。

整える旅という、生き方の途中で

旅という言葉の意味は、いつの間にか変わった。

以前は、どれだけ動いたか、どれだけ詰め込んだかで測っていた。

今は、呼吸が浅くないか。足が地面についているか。身体が、ちゃんとここにいるか。

一年をどう過ごしたいかと聞かれると、少し言葉に詰まる。大きなことは言えないし、言わなくてもいい気がする。

これから先、また迷う日が来るのだと思う。年齢のことかもしれないし、仕事や距離感のことかもしれない。

今日書いているこの文章が、誰かの役に立つかどうかも分からない。それでも、いまの感覚を、そのまま置いておきたかった。

もしまた迷ったら、歩ける速さに戻る。身体の感覚を確かめる。考えすぎていることに気づいたら、立ち止まる。

この文章は、何かを始めるためではなく、立ち止まっている時間を、そのまま置いておくためのものだと思っている。

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