闘病後のわたしをそっと整えてくれた港町・宇和島へ──小さな現存天守と“空角の経始”を歩く癒しの回復旅

わたしの物語

がん治療後のわたしが選んだ“そっと回復する旅”:闘病後のリフレッシュと静かに癒える宇和島時間

松山から高速を南へ走りながら、胸の奥で小さく波が立つのを感じていました。子どもの頃、この道はまだなくて、宇和島へ行く日は“一日がかりの旅”だったのです。

ハンドルを握る手と、窓から入ってくる湿った潮風。道のりが短くなったぶん、心の距離だけがゆっくり昔へ戻っていくようでした。海の匂いが少しずつ濃くなり、道が「港の顔」に変わる、その変化が懐かしくてたまらない。

あの頃、三机湾には真珠いかだが海を埋め尽くすように浮かんでいました。家業として続いていた真珠と、はまちの養殖。海は生活であり、風は日々の知らせであり、潮の匂いは帰る場所の合図でした。

しかし昭和四十年代、二年続けて海に赤潮が発生しました。はまち養殖は全滅し、真珠もほとんどが壊滅。海の色が変わったあの日のことを、わたしは家族の背中越しに何度も聞いて育ったのです。

それでも、わずかに生き残った母貝がありました。家族はその貴重な命を守るため、真珠いかだごと曳航し、佐田岬を回って宇和海へ移したといいます。海の怒りを越え、場所を変えながら、大切な“命”を守るための決断でした。

今も親戚が宇和海で小さく真珠養殖を続けています。わたしが「真珠を見る目は超えている」と笑うのは、そんな生活の中で、自然と感性が育ったからなのだと思います。

がん治療を終えたわたしが、最初に向かった場所が宇和島だったのは、きっと偶然ではありません。命を守るために海を越えた真珠いかだのように、わたし自身も“新しい生き方の海”へそっと向かいたかったのだと思うのです。

がん治療後のわたしが宇和島を選んだ理由

闘病後の旅に必要なのは、「遠くへ行く冒険」ではなく、「心と体に負担の少ない安心」です。

宇和島は、大きすぎない港町。観光客で溢れかえることもなく、海と山と街がほどよく混ざり合い、刺激の少ない風景が続きます。治療直後の繊細な心に、ちょうどいい静けさがありました。

高速道路のおかげで松山からの移動も短く、無理のない距離。“疲れたら途中で休めばいい”という安心が旅のハードルを下げてくれます。

車窓に揺れる風景を眺めていると、ふと「生きてるだけで丸儲け」という言葉が浮かびました。闘病の日々を支えてくれた、ある種のお守りのような言葉。それが胸に落ちた瞬間、旅はすでに始まっていたのだと思います。

心がふっとゆるむ、宇和島の空気

宇和島に近づくと、潮風に混じる“漁村の匂い”が車窓からそっと入り込みます。子どもの頃、三机や宇和島を訪れたときに感じた、あの懐かしい湿度と香り。

深呼吸すると、胸にひっかかっていた小さなざわめきが、ゆっくりとほどけていくようでした。海辺の町独特の、どこか包み込むような湿度。それが闘病後の乾ききった心と体に、やさしくしみ込んでいくのを感じました。

宇和島城──静けさの中にある“深い秘密”

宇和島城は、標高わずか73メートルの丘陵にあります。ゆるやかな坂と適度な石段は、散歩気分で登れるほど。パンプスでも登れそうなくらいですが、舗装されているわけではないので、無理のない靴が安心です。

山頂にたたずむ天守は小さくて、どこか地味。それなのに、なぜか心が落ち着く──そんな不思議な空気をまとっています。

けれど、この城には“深い秘密”があります。

藤堂高虎が仕掛けた「空角の経始(あきかくのなわて)」

宇和島城の外郭は、ふつうの城がもつ四角形ではありません。五角形に近い、変則的な縄張りをしていました。

これは築城名人・藤堂高虎が意図的に仕掛けたもの。海側の構造を複雑にし、攻め手に城の全貌を悟らせないための工夫です。

幕府の隠密が城を調査した際、この複雑な形を読み解けず、“四角い城”と誤って報告したという逸話まで残っています。

欠けた角、隠された角。その不思議な縄張りは、「空角の経始(あきかくのなわて)」と呼ばれ、今も城好きの間では密かに語り継がれています。

静かで地味な城に秘められた、驚くような知恵と策略。
そのギャップこそが、宇和島城の魅力なのだと思います。

宇和島式鯛めし──“自由さ”が心をほどく回復の一皿

宇和島を訪れたら、必ず味わいたいのが「鯛めし」。
松山の炊き込み式とはまったく違う、南予(宇和島)独自の“漬け込み式”です。

生卵と醤油だれを合わせ、その中に新鮮な鯛の刺身をそっと沈めます。
そして、熱々の白いご飯にのせる。
もしくは、先に鯛を並べ、あとからたれを静かに回しかけてもいい。
食べ方は自由。

この「自由さ」が、闘病でこわばっていた心をふっとゆるませてくれました。

ひと口目。
舌の上でほどける甘みと、海のミネラルの強い生命力。
湯気に混じる漁村の匂いが、子どもの頃のわたしを呼び戻します。

その瞬間、胸の奥でふと
「生きてるだけで丸儲け」
という言葉がよみがえりました。

“頑張らなくちゃいけないわたし”から、
“いまのわたしのままでいい”へと、静かに重心が移る。
そんな感覚が、鯛めしの湯気とともに身体へしみ込んでいきました。

がん治療後の旅行で気をつけたいこと

闘病後の旅は、体を整えるひとつのセラピーになりますが、
同時に「無理をしない」ことがいちばん大切です。

① 無理のない移動距離とスケジュールを

長時間の移動は疲労が蓄積しやすいため、休憩を挟みながらゆっくり進むこと。
宇和島のように「近いけれど風景が変わる」場所は回復期に適しています。

② 食事・睡眠・体力の消耗に気をつけて

消化にやさしい食事、こまめな水分補給、昼寝の時間を確保するなど、
“旅先で頑張らない”ことを意識するのがポイント。

③ 一人旅が不安な人は、宿や目的地のサポート情報を確認

タクシー、送迎、休憩スポットなどをチェックしておくと安心です。

④ 医師の指示に従うこと。決して自分を過信しないこと。

体調が落ち着いてきたと感じても、回復期はとてもデリケート。
「問題ないだろう」ではなく、必ず医師に相談し、指示に従う。
これが、何よりも大切な“旅の安全装置”です。

旅の終わりに──宇和島は、わたしの“静かな再生の場所”

宇和島城の小さな天守から見下ろす海は、
子どもの頃に見た海とも、闘病前に見た海とも、少し違って見えました。

海の青は、わたしが生きている証のようで。
風の柔らかさは、これからの道をそっと応援してくれているようで。

三机から宇和海へ移された真珠いかだが、
新しい海で再び光を宿したように。

わたしもまた、この旅で静かに息を吹き返したのだと思います。

闘病後の旅は、遠くへ行くためではなく、
“本当の自分の原点へ帰るため”にあるのかもしれません。

FAQ

Q1. 病後、いつから旅に出てもいい?

治療内容や体調によって異なります。
必ず主治医と相談し、医師の許可を得てください。

Q2. 宇和島は一人旅でも安全?

比較的落ち着いた港町で、治安も良好。
徒歩・車・タクシーでの移動もしやすい地域です。

Q3. 宇和島城は体力がなくても登れる?

標高73mと低めで、坂はゆるやか。
休憩を挟めば、体力に不安がある方でも登りやすい地形です。

Q4. 宇和島式鯛めしはどこで食べられる?

現地の専門店(店名は別記事で紹介)で味わうのがおすすめ。
漬け込み式の本場の味は特別です。

Q5. 宿泊は松山と宇和島どちらが良い?

ゆっくり整いたい方は宇和島泊、観光を広げたい方は松山も便利です。

情報ソース・引用

宇和島城公式(宇和島市)

宇和島城のあらまし - 宇和島市ホームページ | 四国・愛媛 伊達十万石の城下町

Wikipedia 宇和島城(空角の経始の説明あり)

https://ja.wikipedia.org/wiki/宇和島城

注意書き

本記事の内容は個人の体験談であり、医療判断を代替するものではありません。
必ず医師の指示に従い、体力・体調に応じた無理のない行程で旅を計画してください。


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